大判例

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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)1375号 判決 1991年3月29日

原告

宮出東町内会こと

宮出町東部町内会

右代表者会長

飯田浩

右訴訟代理人弁護士

高井直樹

被告

金剛淳高こと

金剛幸一

右訴訟代理人弁護士

片山主水

主文

一  被告は、原告に対し、金四八〇〇円を支払え。

二  原告のその余の訴えを却下する。

三  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一被告が、原告の昭和六三年度・平成元年度の町内会長でないことを確認する。

二被告が日本中央競馬会(中央競馬会)に提出した昭和六三年三月一八日付原告作成名義の場外馬券売場設置についての同意書は無効であることを確認する。

三主文一項同旨

第二事案の概要

本件は、被告が原告町内会長に選任されたとし、原告町内会長金剛淳高名義で、原告の町内会内に建設計画の中央競馬会の場外馬券売場(本件馬券売場)につき、地元がこれに同意し又はその実現を請願する旨等の文書を作成し、これを中央競馬会、愛知県議会等に提出したとして、頭書請求の各確認及び被告に対する昭和六三年四月から平成二年三月までの原告町内会費の支払を求めた事案である。

一争いのない事実

1  名古屋市内には、戦前から町内会が組織されていた。原告は、同市中区東新町の交差点南東側の一画、つまり市道広小路線の南側で高辻線の東側を町内とし、もと宮出町町内会(通称・宮出東町内会)と称していたが、昭和四四年四月ごろ、これを宮出町東部町内会に名称変更した。

原告の町内会長(原告会長)は、町内会員(会員)の選挙によって多数決で選任され、任期を二年間とし、重任を妨げないとされ、また、町内会員は町内会費(会費)を支払っている。

2  被告は、昭和六三年三月一八日開催の原告臨時会員総会の役員選挙で、原告の昭和六三年度・六四年度(平成元年度)における会長に選任され、右両年度の原告会長であったと主張し、原告会長金剛淳高として、次の文書を提出、配付した。

(一) 本件馬券売場設置について、地元(原告)の同意書(本件同意書)を中央競馬会あてに提出

(二) 「ウインズ東新町設置促進に関する請願」(本件請願書)を愛知県議会あてに提出

(三) 「ウインズ東新町設立促進総決起大会開催のご案内」(本件案内書)を近隣の店舗賃借人等に配布

(四) 「話し合いの場申し入れ書」(本件申入書)を東新町場外馬券売場設立反対連合会会長水野金平あてに提出

(五) 被告を名古屋市の区政協力委員の候補に推せん依頼の要望書(本件要望書)を同推せん会委員長あてに提出

二争点

1  原告の当事者能力について

原告は、昭和四三年一月ころ制定の規約をもって、原告町内の居住者及び店舗所有者を会員とし、町の発展と会員相互の親睦福利増進を図ることを目的とする住民の自治組織であり、意思決定機関として会員総会、執行機関として選挙で選任の会長等の役員を有し、多数決の原則によって運営され、会費等の財産も原告自体に帰属し、これを管理している権利能力なき社団であると主張する。

他方、被告は、原告の規約は、どのような経過ないし手続で制定されたかもわからず、しかも、原告町内としての地域的範囲は既に宮出町がなくなって規約上も全く判明せず、総会の開催及び手続も会費の額もなんら規定されておらず、要するに、規約自体に法的拘束力を持たせる意思が全然みられず、現に存在する町内会は組織、総会の開催、役員の選任、会費の支払等いずれをとってみても、法的拘束力をもってこれを強制できるものでなく、原告はいまだ法的な社団性を有しないから、本件訴えは不適法である旨主張している。

2  確認の訴えの確認の利益について

原告は、昭和六一年度・六二年度(原告年度は毎年四月一日から翌年三月三一日までをいう。)及び昭和六三年度・六四年度(平成元年度)を通じ、会長として飯田浩を選任しているのに、被告は、昭和六三年度・六四年度(平成元年度)における原告の会長は自己であるとして、原告会長金剛淳高名義で作成の前記一2(一)ないし(五)の各文書を提出、配布し、会員から会費を徴収し、かかる文書の提出はほかにもあるかもしれないから、昭和六三年三月一八日から平成二年三月三一日までのこれら被告の行為が一切無効であることを確定するため、被告が右地位にないことを確認する必要があり、また、本件同意書が無効であることの確認を求める利益もあると主張している。

他方、被告は、原告会長の地位不存在確認は過去の地位確認であるのみならず、被告の右地位不存在確認を求めても、原告代表者の存在を求めなければ紛争の解決に半分しか寄与しない迂遠な解決方法であり、もともと原告会長の地位はいわゆる名誉職であって、規約上も法的権限がないことはもちろん、多種多様な権利関係・事実関係を一挙に解決するに適するだけの法的権限の集合体でもないから、その地位の不存在を確認する利益は全くなく、また、本件同意書(日付は昭和六三年四月四日)は地元の調整つまり地元住民の意向を尊重するという事実上の問題であるから法的な無効確認を求める利益がなく、本件確認の訴えはいずれも不適法である旨主張している。

3  会費の支払義務について

原告は、原告の規約上、会員は会費の支払義務があると主張し、被告は、原告規約に法的拘束力がないと主張している。

第三争点に対する判断

一原告の当事者能力について

1  証拠(<省略>)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和四二年七月ころ、当時の会長が死亡したため、副会長土本英二(土本)が会長を代行することになった。土本は、当時、原告に規約がなかったので、これを作成することとし、同年暮れころその原案を作成の上、原告町内の居住者、店舗所有者に回覧した。そして、昭和四三年一月ころ、新年会を兼ねた原告町内の総会を料理旅館「緑翠」で開催した。同窓会には、原告町内の居住者ら約五〇名中約四〇名が出席し、右原案を満場一致で承認した。そこで、土本は、同年三月末ころ、これを「宮出町町内会規約」(原告規約)として印刷し、原告町内の各戸に配布した。

(二) 原告は、昭和四三年四月一〇日以降、原告規約及び従前からの慣行に基づき、活動し運営されている。すなわち、原告は、町内の居住者(世帯主一名)、店舗所有者を会員(昭和六三年四月一日現在の会員数は三六名)として組織され、町の発展と会員相互の親睦福利増進を図ることを目的として懇談会、慰安会等の活動を行っている。そして、役員として、会長、副会長、会計各一名、会計監査二名、ほかに組長、相談役及び氏子総代、衛生、体育、敬老会、子供会、消防、婦人会の各専門部委員を置き、役員(組長、相談役、専門部委員を除く。)は会員の選挙によって選任され、会長は、対外的にも対内的にも原告を代表し、役員会及び毎年四月開催の定期的会員総会等を招集・運営し、会務全般を総轄処理している。会員総会は、予算の決定、決算報告、原告規約の変更、規約に定めがない事項についての承認等の重要事項を審議し、また役員会は、懇談会、慰安会の実施、相談役の選任、規約に定めがない会費の使途等を決定し、会員総会及び役員会は、いずれも会員の半数以上の出席により成立し、その決議は出席者の過半数によっている。原告の会員としての加入、脱退は自由であるが、原告規約は、会員加入に当たり加入金、会員として月会費を納入するものと定めている。そして、右金額は原告規約に明記されていないものの、その制定前、原告において、加入金を一〇〇〇円、月会費を二〇〇円と定め、これに従って納入され、同金額は変更されることなく現在に至っている。なお、原告の会員に加入するには、役員会の承認を受け、かつ、右加入金の納入を要するものとされている。また、原告規約は、会費の使途につき、学区及びPTA、白山神社費等の負担金、各種募金、祭礼、県・市よりの割当依頼、町内防犯ベルの補修費、消火器等に割り当て、それ以外の費用は役員会にはかって決定する旨定め、これに基づき支出されている。このように、原告の経費は主として会費によって賄われているが、その会計年度は毎年四月一日に始まり翌年三月三一日に終わるものとされ、会費徴収簿、会費出納簿諸費明細表、領収証は会計がこれを保管し、毎年度末に会計監査の査証を受け、総会で決算報告をしている。なお、昭和六三年四月一日、原告規約の改正により、原告に会員とは別に賛助会員が設けられている。すなわち、原告町内の店舗賃借人を賛助会員とし、賛助会員は賛助会費を納入するが、役員の選挙権、被選挙権がなく、会員総会の議決権もない。

2 右認定事実に前記争いのない事実1を併せ考えると、原告は、団体としての組織を備え、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定しているものというべきであるから、いわゆる権利能力のない社団であると認めるのが相当である。

被告は、原告には法的な社団性がなく、原告に当事者能力がないとし、本件訴えが不適法である旨主張するが理由がない。

二確認の利益について

1  会長の地位不存在確認の訴え

(一)  およそ確認の訴えにおける確認の利益は、判決をもって法律関係の存否を確認することが、たとえ過去の法律関係としても、現に存する法律上の紛争の直接かつ抜本的解決のために必要かつ適切な場合に認められると解するのが相当である。

(二) 被告が、原告の昭和六三年度・六四年度(平成元年度)における会長であったと主張していることは当事者間に争いがない。

証拠(<省略>)によれば、原告は、昭和六一年四月一日以降、会長に飯田浩を選任し、現在に至っていることが認められ、本件訴えが、原告において、被告の右地位についての不存在確認を求めるものであることは明らかである。

しかし、次のとおり、右地位の不存在を確認することによって、現在の法律上の紛争を解決するという法律上の利益もなく、右地位自体の存否、効力の確認によって、そこから生ずる紛争の解決を一挙に図る必要があるものとも解されない。

(三)  証拠(<省略>)によれば、原告は、会長の地位不存在確認の本件訴えによって、被告が、原告会長金剛淳高名義で、(1)本件馬券売場設置について、地元(原告)が同意する旨の昭和六三年三月一八日付本件同意書、(2)本件馬券売場設置の早期実現のために尽力を求める旨の同年六月二一日付本件請願書(<証拠>)、(3)平成元年三月ころ、本件馬券売場設置促進の大会を同年四月六日に開催する旨の本件案内書(<証拠>)、(4)本件馬券売場設置について話合いを求める旨の同年七月二一日付本件申入書(<証拠>)、(5)昭和六三年四月ころ、被告を名古屋市の区政協力委員の候補に推薦してもらいたい旨の本件要望書を各作成し、前記一2のとおりこれを提出、配布し、さらに名古屋三菱自動車販売株式会社など数名の原告会員から昭和六三年度・六四年度(平成元年度)の会費を徴収したので、昭和六三年三月一八日から平成二年三月三一日までのこれらを含む原告会長金剛淳高名義による被告の行為一切が無効であることを明らかにする必要があるとしていることが認められる。

しかしながら、本件同意書は、農林水産省が中央競馬会からの場外馬券売場設置の承認申請の可否について、地元の調整として地元の同意を得て運用されている(<省略>)ことから、本件馬券売場設置についても、原告が同意している旨を中央競馬会に事実上表明した文書にすぎない。つまり、地元の同意は、場外馬券売場設置の承認手続において法令上必要な要件でないから、本件同意書の提出によって何らかの法的効果を生じるものではない。なお、本件馬券売場設置問題をめぐっては、原告町内において賛成派と反対派がそれぞれの立場から活動を行っていることが認められ(<証拠>)、このような状況下では、本件同意書の中央競馬会への提出をもって、地元の調整が行われたとして本件馬券売場設置問題が進展することもないと認められる(<証拠>)。

次に、本件請願書もまた、本件馬券売場設置の実現について依頼の意向を表明した文書にすぎず、これの提出によって法的効果を生じるものではない。

また、本件案内書、本件申入書、本件要望書の各作成ないし提出、配布も、法律的効果が問題となる行為ではない。そして、被告が原告会員から会費を徴収した点については、その会費の帰属をめぐって争いが起きたとき、これが法律上の紛争であることは明らかであるが、現在その争いがあるわけでなく、争いが起きたとしても、それは個別的に解決すれば足りるのであるから、その前提問題として、被告が原告会長の地位になかったことを確認する必要はない(たとえ、確認したとしても、被告が任意に返還しなければ、改めて訴訟を起こすことになろう。)。

さらに、原告は、現段階で把握しているもの以外にも、被告が原告会長金剛淳高名義による行為があるかもしれないと主張するが、本件全証拠によっても、何らかの法的効果をもたらすような右行為の存在は認めることができない。

(四) よって、会長の地位不存在確認を求める本件訴えは、確認の利益を欠き不適法というべきである。

2  本件同意書の無効確認の訴え

原告が本件同意書の無効確認を求め、被告がこれを争っていることは弁論の全趣旨によって明らかである。

しかし、本件同意書が本件馬券売場設置について同意している旨を中央競馬会に事実上表明しているにすぎず、これを法律行為と解することができないこともさきに認定したとおりであるから、有効あるいは無効ということは問題にならない。

そうすると、本件同意書の無効確認を求める本件訴えは、確認の利益がなく不適法というべきである。

三会費の支払義務について

原告は、原告規約により、会員は月会費を納入するものとし、原告規約制定前に定めた右金額二〇〇円を永年にわたって納入し、原告の主たる財源となっていることは前記一1(一)認定のとおりであるから、原告の会員は、右月会費の納入を原告規約及び慣行に基づく法的義務として認識し、現に納入しているものと認められる。

被告は、原告規約に法的拘束力がなく、会費の支払義務がない旨主張するが、これを認めるに足る証拠もなく右主張は採用できない。

被告は、昭和六二年五月に原告の会員となり、同月から昭和六三年三月まで原告に右会費を納入したが、その後は未納になっている(原告代表者)。

原告請求の昭和六三年四月から平成二年三月までの被告の未納会費が合計四八〇〇円となることは計算上明らかである。

(裁判長裁判官角田清 裁判官藤井敏明 裁判官藤田昌宏)

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